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◆連載「組版夜話」 2020/07~

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2026/07/11 今こそ「教育基本法を守れ!」の旗を高く掲げよ

文部科学省は5月22日, 同志社国際高校(京都府)の沖縄・辺野古での平和学習について政治的中立性を欠き教育基本法違反だと断じ,教育現場への介入を強めている。しかし,騙されてはいけない。教育基本法第14条には「中立」の文言はどこにも存在しない。第2項が戒める政治活動とは,特定の政党への支持や反対を表明する党派組織活動を指しており,辺野古での平和学習はこれにあたらない。また,第2項はあくまでその前の「良識ある公民として必要な政治的教養は,教育上尊重されなければならない」を前提にした但し書き項目なのである。
 教育基本法は,成立の経緯からして,憲法と共に戦後「民主化」の産物であり,「平和で民主的な国家及び社会の形成」(1条)以下,戦後民主主義の積極面が書かれている〔ここでは否定面,本質については割愛〕。14条は,公民の市民的権利としての政治教育・平和教育の権利を規定した条項として,前文に「公共の精神」「伝統と文化の尊重」を追加した2006年改悪でも変更されなかった。14条2項は本来教育者自身の自律のための規範であり,今回の大臣発言と指導通知こそ,教育に対する不当な支配を禁じる教育基本法16条「教育は不当な支配に服さず,国と地方が協力して公正に教育行政を行う。」違反だと考えるべきである。
 教育現場で心ある教員はいま,何が辺野古問題の真理なのか,分かったことを生徒に伝えてよいのかどうか逡巡させられている。しかし,教育は科学であり,自然と社会および自分自身を変革するために必要な知識と能力を培うことが目的である。誇りを持って臆することなく,真理を伝えることこそが,教育基本法制定の精神に合致する。
 自民党の狙いは何か。自民党は10年前の2016年7月,党のホームページ上で「学校教育における政治的中立性についての実態調査」として,「教育現場の中には『教育の政治的中立はあり得ない』,あるいは『子供たちを戦場に送るな』(後に「安保関連法は廃止にすべき」と変更,その後削除)と主張し中立性を逸脱した教育を行う先生方がいる」として,「政治的中立を逸脱するような不適切な事例をいつ,どこで,だれが,何を,どのように行ったのかについて具体的に記入」するよう,つまり密告,タレコミを求めた。ここに自民党の狙いが明らかだ。
 「子どもたちを戦場におくるな」を「中立性を逸脱した教育」だとレッテルを貼り,他方,子ども園園児に基地見学とほふく前進実習をさせることを奨励するなど,はなはだしい転倒であり,教育基本法違反なのである。文科省は教育基本法を守れ!
 今こそ「教育基本法を守れ!」の旗を高く掲げよ。

【7/14~補足】
小中高校対象に「政治的中立性」調査 文科省が初開始〔2026.7.11、全国教育問題協議会〕
宇野由紀子「教育基本法第14条「政治教育」の解釈と運用に関する研究」名古屋大学大学院教育発達科学研究科紀要(教育科学)第67巻第1号(2020年度)
秦正樹・酒井和希「教育における政治的中立性が若年層の政治的態度に及ぼす影響」〔生活経済政策 No.288, 2021.1〕

  (M)

2026/07/06 読書会『抗日パルチザン参加者たちの回想記』第13回ごあんない

現在、読書会では『日・朝・中三国人民連帯の歴史と理論』を読んでいる途中だが、今回は日朝中人民連帯の歴史についてより具体的な出来事をめぐり、討議したい。
 今回、『反戦兵士物語』をとりあげたのは、『日・朝・中三国人民連帯の歴史と理論』を読むなかで、日中戦争における日本軍捕虜による反戦兵士運動を知り、日本帝国主義を共通の敵として「祖国」を「裏切った」日本人民がいたことに強い関心を抱いたからだ。それは、日本人民を加害者としてだけ位置付け続けることの違和感からきている。加害者性を民族の本質かのように扱うことは、逆説的に自己変革を遠ざける言い訳である。一銭五厘で動員される被害者性を引き受けて、はじめて手を握ることができるのではないか。それが、ひとすじの糸のように細々としていたとしても。はたして、皇軍兵士は生まれ変わることができたのか、ともに考えたい。 (キム・ヨンイル)
 金東希は、1965年ベトナム派兵を拒否して韓国軍を脱走し、日本へ亡命を求めた元韓国軍兵士である。ベトナム人民を殺したくないと「憲法9条の日本」をめざした。日本の平和なき「平和主義」を暴露した当時のべ平連などによる金東希支援運動の歴史から、私たちは何を学ぶことができるのか。日韓闘争につづく入管闘争の歩みを振り返る。 (前田年昭)

  • 7月26日(日曜)午後1時15分~5時
  • 葛飾区立堀切地区センター 別館 牡丹の間(京成本線「堀切菖蒲園」駅 徒歩約10分)
  • 参加費 500円(要予約)
  • 主催 前田年昭 電話080-5075-6869
            tmaeda1966516@gmail.com
 13:15~15:15 報告(キム・ヨンイル)と討議
  秋山良照「西瓜と焼餅」 中小路静夫「延安の生活」(『反戦兵士物語』1963 所収)
 15:30~16:45 報告(前田年昭)と討議
  林功三「金東希とわれわれ」(「res novare 3」1967 所収)

↓ 画像をクリックすると,案内チラシ表裏pdfを読むことができます。

2026/06/30 学ぶ権利からみた教育基本法第14条(下)

教員の教育の自由と自律性を担保するものは何か。それは生徒の学ぶ権利であり,生徒自身が政治的教養を身につけることである。教育の目的は自然と社会を変革するために必要な知識と能力を教えることであり,政治教育・平和教育もその一環である。
 では,生徒が政治・平和を学ぶとはどういうことか。政治・平和をめぐる現在の基本的、客観的事実を知り,難儀な目にあっている人々が直面している政治・平和をめぐる諸問題を解決していく手立てを知ることである。
 知るためにはどうすればよいのか。学んだことの正否を社会的実践のなかで繰り返し検証することである。学んだことが客観的外界の法則を正しく反映しているかどうかは,まだ証明されていない。認識の正否の証明は,実践でためされてとげる飛躍だけであって,これ以外に真理を検証する方法はない。
 すなわち,生徒の政治活動の自由と権利こそが,実践に媒介された政治的教養の自己教育の機会なのである。「高校生の政治活動の自由と権利は,高校生自身の市民的自由の行使であると同時に,実践に媒介された政治的教養の自己教育の機会であり,かつまた教員の教育の自由と自律性を担保する契機でもある」と先に述べたゆえんである。
 沖縄で辺野古で抗議船に乗って現場を見学することが「政治的活動を禁じる教育基本法第14 条第2項に反するもの」(文科省見解)とする一方で,こども園園児が自衛隊基地で大型車試乗・ほふく前進を体験することが「何とも微笑ましい」(防衛相・小泉進次郎)というのは何とおぞましい見方,考え方か。子どもが戦争で死ぬことをいったいどこの親が望むというのか。許せぬ!
  (M)

2026/06/25 学ぶ権利からみた教育基本法第14条(中)

教育基本法14条2項が斥けているのは,「特定の政党を支持し,又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動」であり,特定の政治党派に対する組織活動としての教育をしてはならないと言っているのである。
 では,「教育上尊重され」るべき「良識ある公民として必要な政治的教養」を,何ら委縮することなく教員が生徒に教えるというのはどういうことなのか。
 階級対立と階級闘争のないところなどなく,そこでの中立はありえない。そのうえで,教育の公正さを確保することを,教員個々人の教育専門性と良心のみに委ねることは適切ではない。教員の教育専門性は,研究を深めて鍛え上げるほどその教員の人格の一部として,個人的価値観や政治的志向と不即不離なものになるからである。教員としての使命は,自らがたどり着いた知的成果を隠すことなく生徒に伝え,生徒自身が自然と社会を変革するために必要な知識と能力に資することだと考えるはずだからだ。教員が専門的で良心的であるほど悩む。しかしここで,存在する対立する見解について,教員が自らの見解だけを伝えたのでは,生徒には押し付けでしかなく,公正ではない。教育には,この公正さを確保するため,社会的に合意された自己規律が求められる。
 「政治的中立性確保のために教育が従うべき規律は,国家権力が押し付ける規制ではなく,教育関係者内部での議論と納得を経て自律的に形成され,社会的にも合意されたものでなければならない。……同時に,教育がこの自己規律に則って行われているかぎり,教育委員会は外部の第三者による不当な支配から学校・教師を保護しなければならない。」〔中嶋哲彦『国家と教育』青土社,2020年〕
 ここで,これまで議論の埒外に放置されてきた被教育者・生徒自身の学ぶ権利としての政治学習を考えねばならぬというところに行きつく。
(つづく)

2026/06/23 学ぶ権利からみた教育基本法第14条(上)

以下,6月4日付「学ぶ権利としての政治活動の自由と権利」を詳論する。

 『朝日新聞』6月22付――「文科省の教育基本法「違反」認定」を次のように解説している。【文科省は5月22日,転覆した船が埋め立て工事への抗議船であることを認識しながら学校側が見学を実施した点や,工事反対の立場以外の様々な見解を十分に生徒に提示しなかった点などを踏まえ,同校の学習内容が「政治的中立に反する」と認定した。】。
 教育基本法の第14条には,どこにも「政治的中立」とは書かれていない。

第十四条 良識ある公民として必要な政治的教養は,教育上尊重されなければならない。
 法律に定める学校は,特定の政党を支持し,又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。

 読めばわかるとおり,第2項は第1項の「必要な政治的教養は,教育上尊重されなければならない」という市民的基本的権利保障(前提)のうえでの補足事項なのである。さらにいえば,この条文は,教育への国家の介入を強めた2006年の教育基本法改悪に際しても旧第8条から2項を含めて変更されていない。→改正前後の教育基本法の比較
 「文科省の教育基本法「違反」認定」に対する批判や抗議において,まず必要なこの前提について指摘したものは,前川喜平さんの「〈本音のコラム〉文科相の教育基本法違反」〔『東京新聞』5月24日付〕以外にはみあたらない(あれば教えてほしい)。前川さんは次のように指摘した。

…この条項〔14条2項――引用者〕は本来教育者自身の自律のための規範である。
 むしろこの大臣発言と指導通知こそ,教育に対する不当な支配を禁じる教育基本法16条1項違反だと考えるべきだ。

 そのとおり。では,2項をどう考えるべきか。賛否両論併記せよということなのか。教育者自身の自律のための規範とは何か。
(つづく)

2026/06/04 学ぶ権利としての政治活動の自由と権利

辺野古沖研修旅行事故をめぐって,5月22日,文科省は同志社国際高の学習内容を教育基本法違反と断じた文科省見解を示した。京都教職員組合(5月26日),全日本教職員組合(5月27日)以外では今のところ教育労働運動の現場からの批判はみられない(見落としがあれば教えて欲しい)。“教え子を再び戦場に送るな”という教育労働運動の原点を考えると,労働運動の右傾化はここまできたのかと残念でならない。
 他方,批判する側の運動や組織,個人の言い分をみると,すでに思想の戦争において負け戦・負け犬の遠吠えとなっているのではないかと思わずにおれない。それは,焦点を教える側に委縮をもたらすかどうかというところにあてているからだ。そうではない。生きる権利,学ぶ権利として,高校生にとっての政治教育はどういうものかというの立場から批判の思想を組み立てるべきなのだ。
 教育の〈政治的中立性〉確保を国家権力の手に委ねてしまえば,中立を名目にした政府と権力の見解の一方的教え込みに高校生がさらされてしまうことは目に見えている。教育の国家権力からの自由,教員個人の市民的自由の保障は不可欠である。これは教員個人の専門性と良心の問題ではない。なぜなら教員の専門性は鍛える程,その教員個人の人格の一部,その教員の個人的価値観や政治性と不可分になるからである。教育の〈政治的中立性〉確保のためには,対立する見方,考え方がある事柄について,教員には自らの見解を伝えるだけでなく社会的に合意された自己規律が求められる。
 この自己規律を保障する基盤,土台は何か。それは,高校生の学校内外における政治活動の自由と権利である。ユネスコ学習権宣言は,学ぶ権利の一側面を,疑問を持ちじっくりと考える権利,問い続け深く考える権利としている。学んだことが正しかったのかどうかを社会的実践のなかで検証する(=政治活動)自由と権利がないところでは,政治的教養教育は絵に描いた餅にしかならない。
 高校生の政治活動の自由と権利は,高校生自身の市民的自由の行使であると同時に,実践に媒介された政治的教養の自己教育の機会であり,かつまた教員の教育の自由と自律性を担保する契機でもある。
 かつて,私たちは,1969年文部省見解―県教委による高校生の政治活動禁止と闘った。憲法21条は表現の自由としての政治的活動の自由を保障しており,これは選挙権の有無に左右されるものではない。ここに「届け出」やまして「許可」などを求めるなどというのは言語道断,誰からも制約されることのない基本的権利なのである。
 高校生の政治活動の自由と権利を取り戻せ!


2024年5月6日、フランスのアンブロワーズ・ブルギエール高校では生徒約300人が「ガザ停戦」を求めて学校の正門を封鎖。他の複数の公立高校でも,生徒が数百人規模で授業を欠席して抗議デモを実施した。写真は,学校を封鎖したフランスの高校生たち(6日,パリ)
 
【参考】中嶋哲彦『国家と教育 愛と怒りの人格形成』青土社,2020 / 東京弁護士会「高校生の政治的活動の自由を保障するため、文部科学省の10月29日付け通知とその運用についてのQ&Aの撤回を求める会長声明」2016年06月24日 / 高柳直正「高校生の政治活動と規制の論理」(東京都立大学機関リポジトリ「みやこ鳥」)

【6/18~追記】〈動画〉望月衣塑子記者が前川喜平氏にインタビュー 同志社国際高の平和学習に文部科学省が介入…妥当なのか〔26.5.28東京新聞〕
沖縄の事故で「教育基本法違反」? 決めつけを嘆く教師たち 国に「政治的中立」を裁定する資格はあるのか〔26.6.3東京新聞〕
文部科学省及び京都府による教育基本法第14条第2項違反の認定に抗議する会長声明26.6.11京都弁護士会会長 谷口直大
「中立違反」認定の撤回を要請 辺野古事故、文科省に広島の団体〔26.6.18 信濃毎日新聞デジタル〕

2026/05/04 五四運動107周年を記念する

 5月4日は,五四運動の107周年記念日である。半世紀前に安田講堂攻防戦を闘った日本の青年学生運動は「一月激闘を五四運動の地平とせよ」と呼びかけた。1919年当時,朝鮮・中国の米が誰にどこに奪われていくかを朝鮮・中国の青年学生は視ていたが,日本の青年学生からは視えなかった。他民族を抑圧する労働者人民は自由ではあり得ない。ここに過去の繙蟠録を再掲し、原点を忘れず闘いを継続する決意を新たにする。


▲写真は1919.5デモ行進する北京大学の学生(wikipedia

東大安田講堂攻防戦54周年と「五四運動の地平」(2023/1/19)
http://www.teisensha.com/han/hanhan/hanhan-b2301.htm#230119
続「五四運動の地平」(2023/1/29)
http://www.teisensha.com/han/hanhan/hanhan-b2301.htm#230129
続々「五四運動の地平」(2023/1/30)
http://www.teisensha.com/han/hanhan/hanhan-b2301.htm#230130
嶋本信子「五・四運動の継承形態--湖南の駆張運動を中心に」『歴史学研究』355,1969-12
  (M)

2026/05/03 なぜキューバは米国よりも民主的なのか

ニコス・モッタス(『In Defense of Communism』編集長)の「なぜキューバは米国よりも民主的なのか」(4月3日付『In Defense of Communism』)が,「AALAニューズ212号(2026.4.20)」に邦訳掲載された(翻訳チェック 田中靖宏)。アメリカ帝国主義とそのすべての手先が,簒奪した「人権」や「民主主義」の旗を掲げて労働者人民を抑えつけようとしているいま,これは重要だと考え,ここに紹介する。

なぜキューバは米国よりも民主的なのか
ニコス・モッタス

要旨
米国の対キューバ敵視政策は、両国が根本的に異なる民主主義モデルを持つことを示している。米国では経済エリートが政治を左右し、選挙は資金力に依存し、形式的な自由の背後に深い不平等が存在する。一方、キューバでは候補者は地域集会で指名され、資金提供は禁止され、憲法制定にも大規模な市民参加が行われるなど、参加型の仕組みが制度化されている。富が政治を支配しない点で、キューバは異なる民主主義の形を示している。

以下全文

2026/04/14 読書会『抗日パルチザン参加者たちの回想記』第12回ごあんない

 支配者は、排外主義をふりまき、民衆同士の対立と分裂を煽っている。同僚や隣人までが朝鮮や中国へのヘイトをまき散らす現状はとても耐えがたい。なぜ労働者同士がいがみあわなくてはならないのか。私たちは同じ釜の飯を食う仲間であるはずであり、ひとつの階級である。労働者に国境はない。しかしまた、私たちにそれは可能か。
 日本はかつて朝鮮・中国の民衆の土地を奪い、米を奪い、言葉を奪い、命を奪った。日本の労働者が朝鮮・中国の労働者と手をつなぎたいと思うなら、まずは侵略と加害の歴史を自分たちのものにする必要がある。
 日本は1965年、日韓条約を結んだ。これは米日韓台軍事同盟であり、日本の労働者にとっては朝鮮・中国の労働者と分断され、仲を永遠に引き裂かれることを意味した。本書は、これに対する反対運動のなかで書かれたものである。
 私たちは本書から、①日本の朝鮮侵略史、②日本の侵略に対する朝鮮人民の抵抗の闘い、③呼応した日本人民の闘い――について、読み、学び、話し合いたい。多くの仲間の皆さんの参加を呼びかける。

  • 5月31日(日曜)午後1時15分~5時半
  • 葛飾区立堀切地区センター菖蒲の間(京成本線「堀切菖蒲園」駅徒歩4分)
  • 参加費 500円(要予約)
  • 主催 前田年昭 電話080-5075-6869
            tmaeda1966516@gmail.com
 13:15~13:45 報告(前田年昭) 第一講(補足)
 13:45~14:45 報告(岡崎耕史) 第二講 一~四
   (休憩10分)
 14:55~15:55 報告(須田光照) 第二講 五~七
 15:55~17:00 総括討議

↓ 画像をクリックすると,案内チラシ表裏pdfを読むことができます。

2026/03/08 「違法行為に対して,別の違法行為で応じることはできない」

アメリカ大統領トランプは,イランの「邪悪な体制」が米国への攻撃を計画していたと主張し、それを未然に防ぐための「自己防衛」と正当化している。やられる前にやれ、というわけだ。これに対して3月4日,スペインのサンチェス首相は,「違法行為に対して,別の違法行為で応じることはできない」「戦争反対」と述べ,アメリカとイスラエルによるイラン攻撃を批判した。→ 「スペイン首相、米主導の対イラン攻撃に反対表明 「国際法と平和の側に立つ」演説全文(日本語訳)」 YAHOO!ニュース、26.3.5。正しい(※演説冒頭のイラン批判は本質を外し敵を利するものであり,正しくない)。予防攻撃は内政干渉であり,国際法違反である。
 かつて,寄せ場の労働運動で一部活動家が提起したのが「やられる前にやれ」だったことを想起させれられた。私は当時から批判し続けてきたが,「やられる前にやれ」はあやまりである。労働者人民を団結させることはできない。受けた仕打ちがどんなに邪悪野蛮であろうとも,抵抗と反撃は正しくなければならない。
【参考】 李振盛の総括と「やられる前にやれ」 滴水洞002,2006.8.1

 アメリカのトランプ大統領はロッキード・マーティン社やノースロップ・グラマン社などアメリカの大手軍事企業幹部らと会談,最先端兵器や弾薬の生産量を4倍に増やすことで合意した。事実が証明するとおり,戦争は帝国主義の基幹産業である。→ 「トランプ大統領 最先端兵器の生産量を4倍に増やす ロッキード・マーティンCEOらと会談」 YAHOO!ニュース、26.3.7。
  (M)

2026/03/06 「防衛装備移転」というドレイの言葉

3月6日,『日本経済新聞』は「与党,装備品「5類型」撤廃を提言 同盟・同志国への武器輸出可能に」と伝え,同じニュースを時事通信は「殺傷兵器輸出,原則容認 5類型撤廃,防衛産業強化狙う 与党提言,政策大転換へ」と伝えた。どちらの見出しがわかりやすいか?
 防衛装備移転とは武器輸出である。
 28年前,政府と権力が出してきた「犯罪捜査のための通信傍受に関する法律」は,新聞各紙によって盗聴法と的確に呼ばれ,反対運動の波が起きた。政府と権力は必死になって「盗聴法」ではなく「通信傍受法」だ,法と令状に基づく通信傍受は違法な「盗聴」はちがう,と言いくるめようとした。しかし,犯罪に関係するかどうかわからぬ段階での,事前の予備的な別件の盗聴は,憲法21条2の「検閲は,これをしてはならない。通信の秘密は,これを侵してはならない」に違反するものだと明白になるばかりだった(悪法は反対運動をおさえて翌1999年成立,2000年施行)。
 このように言葉はわかりやすいものでなければならず,わかりにくい言葉には,ウソや隠しごとがかくされている。「生きた日本語,日本民族語の網の目を必ずくぐらせるということが,どうしても必要」(中野重治「美しい日本語とただの日本語」1956)なのである。
 防衛装備移転ではなく,武器輸出と呼び,報じよ。
  (M)

2026/02/14 読書会『抗日パルチザン参加者たちの回想記』第11回ごあんない

 植民地主義を克服できぬ資本主義国で生きる私たちにとって抗日闘争の歴史は,日常的にはもちろん,教育・学問上,反体制運動においてさえ,遠く隔てられています。10回の読書会で手ぶらで回想記を読む私たちをまず捉えたのは,回想記のリアリティでした。
 寒さと飢えのなか繰り返される行軍に及ばなさを感じながらも,負傷した同志を見捨てず背に負い雪道を進む姿に労働者階級の思想を見,武器を手にする女性兵士に立ち上がる労働者の姿を重ね,日本兵に壊された鍋を直し煮炊きする創造性に日々の労働者を思い,女性や子供が被害者でなく主体的な抵抗者として描かれる事実に共鳴し,闘う者のエネルギーに圧倒されながら力を得,夢見る明日に社会主義への展望を確信し―回想記のパルチザンたちに,労働や運動の現場での自身や仲間たちを重ね見て,私たちは次第に朝鮮人民の抗日闘争が確かにあったのだということを実感していきました。
 それは,翻訳者の鈴木武さんが「この人たちを永遠に生かすために,なんとしてもこの翻訳を完成させよう」と念じた,ひとりひとりのパルチザンのリアリティを根拠としますが,加えて私たちは回想記を,集団的な闘いの実践例として読みました。祖国光復会十大綱領に運動内分裂と対立を克服する術を探し,満身創痍の後退からの住民の助けを得て反転攻勢に転ずる様に人民との結合の大切さを確認し,工作や防諜のエピソードに組織活動や闘争のなかで遭遇する矛盾や悩みを重ね,仲間となるために何をなすべきか,やってはいけないことは何か,一線はどこに引かれるべきか,考え議論し続けました。
 私たちはあくまで実践的に回想記を読み進め,ゆえに時に,回想記への批判も展開されました。なかでも歴史を語り継ぐ際の「虚」について議論は紛糾しました。民話がそうであるように,フィクションが含まれることと現実性ないし真実であることとは矛盾しない。日本で未だ実現されたことのない社会主義国家の建国神話として読み進めること,社会主義を目指すなかでの苦渋,痕跡として読み取ることが提案され,一方で(特定の具体的な部分について)大切な歴史への裏切りであり悔しいとの批判が出され,抑圧民族である日本人が批判することの意味が問われ,革命を志す者として率直に批判して乗り越えたい,間違いも教訓として引き継ぎたいと応じる者があり,容易に決着できません。
 回想記を読むには立場が問われます。安易な肯定や否定に走らぬため,私たちは自らの思想(見る目・感じる心)を鍛える必要があり,ここでいったん回想記を読むことを休止して,東アジアの抗日戦線,植民地支配の歴史について,民族と階級について,共産主義者の連帯の思想について,学ぶ時間を作りたいと思います。
 回想記を読むなかで常に意識させられたのが,抗日闘争のふたつの側面でした。「民族解放闘争」の意義が確信され,日本人民として排外主義を克服せねばすまないことが確認されると共に,この闘いが社会主義を目指す「階級闘争」であることが,私たちとパルチザンとを結びつける大切な糸でした。遠く隔てられた闘いを,私たちがリアリティをもって受け止めたのは,それゆえだったとも言えます。
 「民族的といっても根底は階級的」という金相泰の言葉を一つの手掛かりとして,国際主義を理論的・肉感的な確信にまで深めるために,第二期として回想記読書会を開始/継続します。このやり切れない状況にあって,成果が直ちに現れるということにはならないかもしれませんが,日本人民の排外主義を克服するための努力を続けたいと思います。「明けてくる明日」について共に語ろうとする仲間の参加を広く呼びかけます。
  (文責・田代ゆき)

  • 2月28日(土曜)午後1時15分~5時半
  • 葛飾区立堀切地区センター第二会議室(京成本線「堀切菖蒲園」駅徒歩4分)
  • 参加費 500円(要予約)
  • 主催 前田年昭 電話080-5075-6869
            tmaeda1966516@gmail.com
 13:15~14:00 寺尾五郎ほか『日朝中三国人民連帯の歴史と理論』(日本朝鮮研究所)
          はじめに、第一講 日本の朝鮮侵略史
            報告(前田年昭)と質疑

 14:00~14:45 フランツ・ファノン『地に呪われたる者』(みすず書房)
          4 民族文化について
            報告(キム・ヨンイル)と質疑

 15:00~17:00 討  議

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2026/02/04 続・総転向に流されず,孤高を保て

 安保法制をめぐる立憲の中道新党への“転向”を批判しながらも,そこは目をつぶって高市政権反対で「統一」して中道新党へ投票すべきだとの主張が,友人たちのあいだにも存在する。私は反対である。共産主義者は,基本政策について旗をおろすべきではない。
 あまたの現実を直視すべきである。なぜ正義感に満ちあふれるはずの青少年に高市政権支持が少なくないのか。それは,左翼が志と理想を語らなくなってしまったからである。なぜ世論調査で,女系天皇は是か非か,女性天皇は是か非かなどという枝葉末節な設問が繰り返されるようになったのか。それは,天皇制廃絶という旗を掲げるものがいなくなったからである。なぜ与野党ともに前提が「日米同盟を基軸」なのか。それは日米軍事同盟反対の声があまりにも小さくなってしまったからである。
 「最初から正視することを尻込みしていては,やがて正視する力がなくなり,さらにそのうちに,自然と視る意志がなくなり,見えなくなってしまう」と魯迅が指摘するとおりである。56年前,われわれは「安保破棄・佐藤内閣打倒・人民総武装」を闘ったではないか。日米安保反対,天皇制廃絶は,労働者人民のゆずれぬ旗印である。落日のアメリカ帝国主義が「世界の憲兵」の旗を下ろし,「西半球の憲兵」と言いだした今は好機ではないか。フィデル・カストロ(1926‐2016)は「偉大な闘いは思想という戦場でたたかわれる」と私たちを励まし続けている。

 日米安保条約破棄! 天皇制廃絶!
 アジアの人民は団結してアメリカ侵略者をアジアから追いだそう!

【参考文献】鬼原悟「なぜ「日米軍事同盟の解消」を主張しないのか」〔アリの一言,2026.1.31〕

  (M)


繙蟠録 II  25年1-5月< 25年6-9月<
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