| 連載:滴水洞 014
文革総括の原点としての近代批判
2006年09月17日11:07
前 田 年 昭
編集者
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私が文化大革命(文革)を考え直そうとする目的はどこにあるのか。
目的意識がすべてを貫く。
溝口雄三さんは「竹内氏の中国論も,動機や目的を日本の“近代”批判のなかにおいていた点で,また中国の近代過程の実態に関心が向いていなかった点で,要するに日本論だったのであり,それもまた自己中心的」と竹内好の中国論を評したが,バカ言っちゃいけない,ものを見る立場という決定的に重要な問題がわかっていない。すなわち,一方における,自己をも含む世界を対象にし続けた竹内好の素晴らしさであり,他方における,自省と自己変革なき,学問のための学問に溺れた莫迦者の愚かさである。
加々美光行さんは『逆説としての中国革命 〈反近代〉精神の敗北』田畑書店1986(『歴史のなかの中国文化大革命』岩波現代文庫2001に再収録)で文革研究の動機と問題意識を次のように書いた。
【……文革が真に過去の歴史と化したのならそれもよい。その時には文革が冷静な目で研究対象として扱われ得るはずだからだ。しかし,実際には今日に至ってなお,文革はその全体の脈絡を欠いた断片が取り沙汰されるのみで,本格的研究対象として扱われているとは言い難く,むしろますます忘れられる傾向にあるのが実情である。
どうして文革がこうも過去の遺物となり果て忘れられるようになったのか,…】岩波現代文庫版(以下同)p.2
【……今日かえりみても,毛沢東の中国が西欧的意味での「近代化」を選択せず,いわば「反近代」の道を歩んでいたことは疑う余地がない。溝口のいうようにその「反近代」が依然,西欧「近代」を尺度とした「近代批判」に過ぎず,それゆえなおヨーロッパ回路で歴史を見る枠組みから出るものでなかったにせよ,その二十世紀的意義を否定し去ることはできないと私は今も考えている。】p.6
「私は毛沢東の文革発動の動機を没理念的な権力闘争と見なすのではなく,中国の社会主義理念の解釈をめぐる対立に由来すると見なしていた。またこの理念の対立は,社会主義体制下に中国が「近代」の道を選択するか,それとも「近代批判」の道を歩むかの争いでもあったと考え」p.9た加々美さんは,「毛沢東の中国が「近代批判」の道を歩んでいたと評価し得る具体的な事実」として四つの基本的事実を挙げているが,私も同意する。
【第一に,一貫して自由主義経済システムを敵視する傾向に,第二には,三大差別撤廃(都市・農村間差別,工業・農業間差別,頭脳労働・肉体労働間差別の三つの差別の撤廃をいう)の実現を目指す政策実践に,第三に,欧米の近代科学技術を「洋法」と呼び,「土」を基礎に「洋」との結合による科学技術革命を謳ったこと,第四に,大躍進・三面紅旗政策の時期に登場した鞍山製鉄所の「両参一改三結合」(鞍鋼憲法)と呼ばれる経営方式や山西省昔陽県大塞人民公社の労働点数相互評価制に見られる所得分配方式など,コミューン型の参加型経営方式に見出すことができた。】p.7
初期文革の1966-69年と中学の3年間がぴったり重なっていた私にとって,文革は全共闘運動の彼方の夢であった。しかも,朝になればさめてしまう夜の夢ではなく,現実の昼の夢だった。だからこそ,同時期に読んだフランツ・ファノンの次のような呼びかけ=檄とぴったり符合して,私は受けとめた。それは今も変わらない。
【さあ,同志たちよ,いま直ちに船を乗りかえる方が賢明だ。われわれが陥った巨大な夜の闇をゆり動かし,そこから出てゆかねばならない。……
ここ数世紀ものあいだ,ヨーロッパは他の人間の前進を阻み,これを己れの目的と己れの栄光とに隷属させた。数世紀来,いわゆる「精神の冒険」の名において,ヨーロッパは人類の大半を窒息させてきたのだ。……
ヨーロッパはただ人間に対するときのみ,ひたすらけちけちしていた,ただ人間に対してのみひたすらさもしく,人食いの姿を示したのであった。……
さあ,同志たちよ,ヨーロッパの芝居は決定的に終わった。別のものを見出さなければならない。われわれは今日すべてのことが可能なのだ。ただしヨーロッパの猿真似をしないという条件で,またヨーロッパに追いつこうとする執念にとりつかれないという条件で。
ヨーロッパはあまりのスピードを,気違いじみた滅茶苦茶なスピードを獲得した結果,今ではいっさいの案内者,いっさいの理性の手を逃れ,怖ろしい眩暈にかられつつ奈落に向かって進んでいる。遠ざかる方が賢明だ。……
ヨーロッパの技術と様式に人間を求めるとき,私は人間否定の連続を,雪崩のような殺人を見る。
人間の条件,人間の企図,人間の全体性を増大する仕事のための人間同士の協力,これらは新たな問題であり,文字どおりの創造を要求している。
ヨーロッパの真似はしまいと心に決めようではないか,われわれの筋肉と頭脳とを,新たな方向に向かって緊張させようではないか。全的人間を作り出すべくつとめようではないか――ヨーロッパは,その全的人間を勝利させることがついにできなかったのだ。
今から二世紀前,あるヨーロッパの元植民地が,ヨーロッパに追いつこうと考えた。その植民地はこれにすばらしい成功を収めたために,アメリカ合衆国は,ヨーロッパの欠陥,疾患,非人間性を,怖るべき次元にまで高めた怪物と化した。
同志たちよ,われわれには第三のヨーロッパを作るほかになすべきことがないのか。〈西欧〉は〈精神〉のひとつの冒険たらんとした。〈精神〉の名において――西欧精神という意味だ――ヨーロッパはその罪業を正当化し,人類の五分の四を隷属化したのも正しいことにしてしまった。……
今日われわれはヨーロッパの停滞に立ち会っている。……
〈第三世界〉は今日,巨大なかたまりのごとくにヨーロッパの面前にあり,その計画は,あのヨーロッパが解決をもたらしえなかった問題を解決しようと試みることであるはずだ。
だが,この場合に,能率を語らぬこと,〔仕事の〕強化を語らぬこと,〔その〕速度を語らぬことが重要だ。否,〈自然〉への復帰が問題ではない。問題は非常に具体的に,人間を片輪にする方向へ引きずってゆかぬこと,頭脳を摩滅し混乱させるリズムを押しつけぬことだ。追いつけという口実のもとに人間をせきたててはならない,人間を自分自身から,自分の内心から引きはなし,人間を破壊し,これを殺してはならない。
否,われわれは何者にも追いつこうとは思わない。だがわれわれはたえず歩きつづけたい。夜となく昼となく,人間とともに,すべての人間とともに。……
〈第三世界〉にとっては,人間の歴史を再びはじめることが問題だ――その歴史は,ヨーロッパによって提出されたテーゼ,ときには目ざましくもあったテーゼを考慮するとともに,またヨーロッパの犯罪をも考慮するだろう。その最もいまわしい犯罪は,人間の内部においてはその機能を病的に分裂させたことであり,またその統一を粉々にしたことであろう。共同体〔社会〕の枠内においては,裂け目を,層を,階級によって養われた血なまぐさい緊張を,作り出したことであろう。また人類という巨大な次元においては,人種的憎悪,奴隷制度,搾取,そしてとりわけ一五億の人びとを排除することによって形成される血を流させるジェノサイドであろう。
だから同志たちよ,ヨーロッパから想を得た国家・制度・社会を作り上げて,ヨーロッパに貢ぐことはやめようではないか。……
われわれがもしアフリカ大陸を新たなヨーロッパに,アメリカ大陸を新たなヨーロッパにと,変えたいならば,そのときは,われわれの国の運命をヨーロッパ人の手に委ねよう。彼らはわれわれのなかの最も能力のある者よりも,さらに巧みにこれをやってのけるだろう。
だがもし人類の少しでも前進することを望むなら,もしヨーロッパの表明した人類の水準とは異なった水準に人類を押し上げようと望むなら,そのときは創造せねばならぬ,発見せねばならぬ。……】『地に呪われたる者』みすず書房1968/1996再刊pp.308-313
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