打算や社交に囚われることのない青少年から生まれる力
 世代を超えて読者の魂にふれる類書なき労作

 


書評・小林哲夫著『高校紛争 1969-1970』


2012年4月
前 田 年 昭
編集者

『図書新聞』第3060号 2012年4月28日付 掲載

労作である。一九六九―七〇年の高校全共闘運動を対象にした点からも,圧倒的な量の取材と第一次資料にもとづいている点からも,類書はない。何といっても,構想から三五年,「取材に一〇年をかけ,全国を回り関係者二五〇人以上に会った」(『朝日新聞』樋口大二さんの紹介記事)というのだから。「思えば,あの時代を経験しなければ,私は作家になっていなかった(中略)自意識に目覚め,ものの考え方の基礎を作ってくれた」との小池真理子さんの証言をはじめ,集められた「「闘争」の歴史と証言」(副題)の数々は世代を超えて読者の魂にふれるに違いない。
 著者は「高校紛争はなぜ起こったか,だれが起こしたか,なにが要求されたか,どのような形で広がったか,どのように解決したか,そして,高校はどう変わったか,今日の高校教育制度にどのような影響を与えたか,などの解明を試み」たとの問題意識をまえがきに記している。評者は取材されたひとりとして著者と出会ったが,その時の強い印象でもあった著者の一貫した動機と問題意識は,本書に貫かれている。事実の羅列のみで,なぜ,何のため,という問題意識の希薄な昨今のカルチュラル・スタディーズのくだらなさと本書は対極にある。
 評者はこの労作にエールをおくるがゆえに二つ問題を提起したい。
 第一。当事者のしかも三十数年を経た後の証言はどのように検証されるべきなのか。当時の文字資料および利害を異にする複数の人びとの証言――による史料批判が必要である。言い訳,隠蔽など当事者証言ほど頼りにならぬものはない。近年の,とりわけ「68年」ものにおける当事者証言偏重は,当該世代による歴史の私物化にほかならない。
 第二。従来の通説は集められた事実のなかでどう検討されたのか。たとえば「内ゲバの激化と連合赤軍事件は,高校紛争に大きな影響を与え(中略)七二年を境に活動家は急速に減少」(本書一五一頁)とあるが,内ゲバは六九ー七〇年に既に死者が出るまでに激化していたにもかかわらず,運動はけっして衰退せず「高校紛争の最盛期は,一九六九年九月〜七〇年三月」(まえがき)だったのはなぜか。
 著者は「全共闘運動にあこがれを抱いたが,同時代は内ゲバの最盛期。学生運動にはもう何の魅力も感じられなかった」と証言する(『朝日』書評)。「何の魅力も感じられな」い対象に,なぜ“あこがれ”を抱き得るのかーー偏屈者の評者は著者に質問取材した。著者によれば「正しいことを主張して権力に立ち向かう姿が,かっこいいと思った」のがで,「内ゲバを…見知ったことによって,活動家たちに対して嫌悪感を抱き,同時に党派への恐怖心を覚えた」のがとの返答だった。
 率直ではあるが,これは後知恵ではないのか。一例を挙げると,当時,闘う高校生のバイブルの一冊だった三一新書『反戦派高校生』は「党派闘争も,セクト,ノンセクトの「論争も,大いにやればいいのであり,よくいう内ゲバも外ゲバも歓迎」と書いた(著者・竹内静子は活動家ではない)。
 革命の昂揚は既存価値観を揺るがし,通説を覆す。全共闘運動はまぎれもなくその意味で文化・社会革命であり,その内実は,カッコつけと観念論に囚われやすい学生の全共闘とは違って(!)高校生の全共闘のなかに息づいていた。全共闘運動は,日本共産党を批判するとともに,日共に反対して生まれた反日共系新左翼諸党派をも批判的に止揚して生まれた。あとがきに「通説を覆す証言に驚愕した」と書いているとおり,著者も通説を覆す豊かな事実を感じとっていたはずだ。しかし,前述のように通説のしっぽが時折顔を見せるのは残念である。
 これを取材対象の,党派活動家への偏りに起因すると断じて著者の責任とするのは酷かもしれず,むしろ社会運動が衰退してしまった現在の日本の状況の反映である。託されたのは現在の青少年自身であり,本書から何を読みとるのか,である。
 運動の昂揚が過ぎ去った後では,どうしても「乱暴狼藉」を非難する優等生的な「観念」に自分自身もまた囚われてしまいがちである。想像力を羽ばたかせてあのとてつもなく楽しい時代を現在に復権させうる力は,打算や社交に囚われることのない青少年から生まれるであろう。間違いない。本書にはそのことを確信させるに十二分な「「闘争」の歴史と証言」が豊富につまっており,評者が奨めるゆえんである。

小林哲夫・著
『高校紛争 1969-1970 「闘争」の歴史と証言』
新書判・306頁・本体860円
2012年2月・中央公論新社
978-4-12-102149-6

(おわり)


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